もう喧嘩したくない?本当の解決策はコレ。

もう喧嘩したくない?本当の解決策はコレ。
『それ、目的はなんなの?』

この言葉を【必死なのに三日坊主だった私】に送るよ。

【必死なのに三日坊主だった私】とは

自分で状況を変えられると信じ、

夫婦円満に向けて
それなりに我慢しながら

相手の要望に応える努力をしていた私。

少しでも関係がマシになれば

それに反応して、

その日常を維持しようと頑張っていた私。

「お前変わったな」が聞きたくて

その時の笑顔がみたくて
できていないことも

できた風にアピールしていた私。

こんな感じの【私】。

ここから具体的に話すね。

まあ・・結局はその場しのぎをしていた私

と言えば分りやすいかと思う。

とはいっても、

国際結婚したわけだから
乗り越えたものが多いのも事実だし・・。

簡単な事の方が少なかったかなと思う

なので夫に対しての気持ちが

≪本気じゃない≫
なんてことは

本当にありえないのね。

100%の全力も

ある意味尽くしたし。

なのに、

うまくいかなくなったんだよね。

それはなんでか。

なぜすれ違いが長引くことになったのか。

結論から言うと、

私自身が自分に対して必死なふりをしていたからなんだ。

自分に対して だよ。

夫婦の話をしているので

相手は夫だろうと思うのが普通だけど
まずは自分の100%の質を確認した方が良い

と今の私は考える。

簡単に言うなら

やれることを全部やったと勘違いしていないか
その口論を一過性のものだと思っていない

ということ。

もっと具体的なことを例に挙げるね

<例1>

絶対に必要ないと思っていたが

心理カウンセリングを受けた。

私は夫に学びを披露し、

夫も私が本気で変わったと信じ
関係は(一時的に)修復され、

カウンセリングを終了した。

<例2>

毎日の行動の振り返りと感情の整理のため
日記をつけはじめた。
文章化することで気持ちが整理でき

想いを伝えるスキルもアップした。

そして日記をつける私を見ていた夫が

イイねと言ってくれるようになった。
会話も明るくなり関係が良好になった。

と同時に日記と疎遠となった。

<例3>

文化の違いを理解するために
社会背景を学ぶ意味で
彼の母国の歴史を調べノートにまとめた。
歴史を知ることで
国民性の理解が深まった。
また、夫はもともと歴史が好きなため
わりとすぐに良い会話の糸口となった。
しかしノートは3ページ目で終了。

で・・・
この例から何が言いたいかというと

実際私が行ったこと自体は効果的なの。
だけど、

それをやっていた自分の動機が甘かったんだよ。

勘違いしてほしくないのでもう一度いうね。


カウンセリングも
日記も
調べ学習も
全ては効果的だよね。
(意図を果たしていれば!)

でも、私の場合は
あんなに嫌だったカウンセリングを受けたぞ!
毎日自己反省しているぞ!

こんなに君に寄り添っているんだよ!

という下心が強くて、
(当時はその自覚がなかったんだけど)
せっかくの行動がただの
パフォーマンスにとどまってしまったの。

だから彼がコロッと笑顔を見せてくれると
どんどん切り上げて

さっさと日常に戻ってしまっていた。

そして根本的に【私】は変わらなかったから

時間が経つとまた

同じ口論に発展していったんだ。


わかるかな?

私が本気で変わるために必死であれば

下心自体がでなかったはずなの。

でも私は自分で自分に対して

「私は必死にやってるもんね」
と言い聞かせて
必死なフリをしたんだと思う。

(下心を許す理由を与えた的な。)

私の100%の必死の質が高ければ

そのカウンセリングも
日記も、調べ学習も

また違う効果を発揮していただろうに。

彼をなだめるためのパフォーマンスは

結局私の都合の良い自分改革であって、
自分改革と呼びながらも
機嫌取りをしていたのだから

根本を解決できるわけがなかったんだ。

ましてや、

後にそれが原因で
『裏切られた』

とまで言われるんだからね。

※それについてはまた別記事で。。

必死なふりして中途半端に終えたばっかりに

せっかくの行動が効果を発揮せず

裏目に出るなんて悲すぎるよね。

どうせやるなら決断して。

なぜやるのかを明確に。

彼の機嫌取りではなく

自分がなぜそれを選んでやろうと思ったのか
その根本的な部分の解決のために

自分を騙さないで必死に取り組む。

これが大事だと気が付いたんだ。

中途半端にやった自分改革は

無駄とは言わないけど、
やりきらなかったがために
本当の意味で効果を発揮できなかったんだから。

それ、なんでやるのか考えてね。